セシウムのゆりかご
野鳥たちの子育ては順調だろうか。
2013年から長泥集落のあちこちに巣箱を掛けて、野鳥の繁殖状況を調べてみた。
仕掛けた巣箱のほとんどを使ってくれた。
シジュウカラやヤマガラは、巣の材料に大量のコケを使う。やわらかいコケはあたたかく、適度な湿気もあるので卵を温めるのにはちょうどいい。
しかし、コケの性質には大きな問題があることがわかった。
放射性物質をため込んでしまうのだ。
これらの写真は、子育てが終わったシジュウカラの巣を特殊な方法で撮影したものだ。
放射能が高いところが黒くなる。コケからは強い放射線が出ていることがわかる。
コケの放射能量は、原発事故から9年たった今でもずっと高いままだ。
親鳥が卵を産んで抱卵し雛がふ化するまで約20日、それから巣立ちまでは20日ほどかかる。
この間、シジュウカラやヤマガラの雛たちは、セシウムという放射線を発するゆりかごの中で過ごすのだ。
除染
「除染」とは、放射性物質で汚染された物質から放射性物質だけを取り除く行為を言うが、福島第一原発事故前には、一般の人々にとってはなじみのない単語だった。原子力業界では以前から普通に使われる言葉である。
その言葉の使われ方は、たとえば原子力発電所や研究所の施設内で、放射線環境下で使用する設備や機器が放射性物質によって汚染された場合、その放射性物質を取り除く行為(クリーニングする)を行う場合に、「機器を除染する」というふうに使う。
現在のコロナ禍においての「除菌」するという行為に近いのかもしれない。
作業員は自らが放射性物質で汚れないように、防護服やマスクを着用し、専用のゴム手袋を何重にもはめて除染を行う。
汚染された物から放射性物質が取り除かれたことを調べるには、放射線測定器を用いて放射線量を測る。放射線が基準値以下であれば、汚染は除去されたことになり、再びその設備や機器が使用できるのだ。
除染に使用した防護服や手袋は使い捨てとなる。
しかし、この行為は、あくまで原子力施設内の特別な環境下で行われる特殊作業であり、それを指す単語であった。
事故後、広範囲の大地に降り注いだ放射性物質を取り除くのは途方のない労力と莫大な予算を必要とする。
それはもはや「除染」というレベルではなく、広域な土木工事、さらには国土改造にも匹敵する一大事業であると言える。
この除染事業については、いまだに福島県内各地で進行中であり、除染で出た大量の土壌の処分についても明確な処理方法が定まっていない。
もどれない故郷 長泥
帰還困難区域の歴史といま
東電福島第一原発事故により、大量の放射性物質が大気に放出され、北西の風に乗って飯舘村上空に流れた。折からの降雪により、長泥地区には高濃度の放射性物質が雪とともにその大地に沈着した。
74世帯281人の日常は、その日を境に突然失われることになった。
散り散りに避難した住民は、その理不尽な運命を否応なく受け止めるしかなかった。
新たな地に移っても、自分たちが生まれ育った故郷への思いをなかなか断ち切れず、思い悩みながら月日だけは過ぎていく。
事故後5年、風化しつつある長泥での生活の記憶を子や孫に伝えるため、多数の住民から写真を借り集めた。
写真群を時代ごとに並べることにより長泥の歴史が見えてきた。さらに仔細に一点、一点じっくりと写真を見つめていくと、長泥という風土が持つアイデンティティのようなものが浮かび上がってきた。